シュヴァーンという名前についてのお話。
一応ユーリ落ち。
「ほら!見て見て、あそこ!」
「わぁ、きれいです…!」
少年と嬢ちゃん。
バウルが運ぶフィエルティア号の甲板に立つ二人の視線の先には数羽の鳥。
二人がはしゃいでいるのを微笑ましく思いながら自分も視線を鳥へと移す。
力強く、優美に、空を舞う白い鳥。
白鳥。シュヴァーン。
あの神殿に埋めた男の名。
あの人が死人につけた名。
『なぜ君にシュヴァーンという名を与えたか、わかるか?』
『いいえ、わかりません』
『………そうか』
あの時は、与えられた名の意味を考える、などという考えすらなかった。
今なら…
力強く、優美に、空を舞う白い鳥。
あの頃、希望に満ちていた彼等の胸に描かれていた白い翼。
彼等の思いを継いで、もう一度力強く羽ばたいてほしい、ということだったのだろうか。
(っても、もう答えはきけねぇし。いまさら、いまさらだ)
あの時は、翼を与えられても飛ぶべき空は見えなかったし、羽ばたくだけの思いも残っていなかった。
「あ、行っちゃいました…」
「行っちゃったね…」
近くを飛んでいた白鳥が、船の進行方向とは別の方向に飛んでいった。
彼等は彼等の意志で飛ぶべき空を選んでいる。
「今なら飛べるかな…」
「…おっさん、飛び下り自殺でもするつもりか?」
誰に伝えようと思った訳でもない小さなつぶやきが、青年の耳には届いたようで、若干恐い顔で近付いてきた。
「いやん、そんな恐い顔しないで」
「聞き捨てならねぇ台詞が聞こえた気がしてな。ごまかすなよ」
「誤解だから、誤解!そういう意味じゃねぇから」
「どういう意味だよ?」
別にごまかすつもりも何もないのだが青年の目が痛い。
「比喩っていうか、前向きな意味でね。なんていうか、その…」
「…ああ、そういうことか。ならいいんじゃねぇの」
そう言うと、彼は納得したようで、恐い顔が一転笑顔になった。
「てかむしろ良かったよ。おっさんが前向きな考えができるようになったんなら」
「そうね、やっとね」
そう、やっと。やっとそう思えるようになっただけ。
まだ、本当に飛べるかはわからない。
だから隣の彼に問いかけた。
「…一緒に、飛んでくれねえかな?」
「は?」
「一人じゃ、ちゃんと飛べる自信がねえのよ」
「まあ…考えとくよ」
そう言いながらも笑って差し出された手に自分の手を重ねれば、不思議と不安は消えていった。
あとがき