「えっと、鍵…」
「…おっさん、ここ、誰の家だ?」
「俺様の家に決まってんじゃない」

レイヴンに連れてこられた彼の家であろうマンションの一室のドアの前。
しかし、かかっていた表札に書かれていたのは全く知らない名前だった。

「いや、でも表札、シュヴァーン・オルトレインって…」
「ああ、それ本名」
「本名!?おっさん偽名だったのか!?」
「ちょっ、人聞きの悪い言い方しないでよっ!ペンネームとか、芸名とか、言い方あるでしょうが」
「わりぃ、何かびっくりして…」

よく考えれば、この業界ではよくあることだ。
そういえば自己紹介の時、名字は名乗ってなかったし。

「どうせ、似合わない名前、とか思ってんでしょ」
「別にそんなことはねぇけど…」

シュヴァーン・オルトレイン、という名前が似合わないというよりは、レイヴンという名前がしっくりくる、という感じだ。
だから芸名だとか、そういうことは考えなかったのだろう。

「ま、とりあえず入って」
「あ、おじゃましまーす」

好きなヤツの家に上がるというのはドキドキするものでついあちこち見てしまう。
おっさんの家というと何となくごちゃごちゃしていそうだと勝手に思っていたのだが以外?にすっきりとしたシンプルな部屋だった。

「なに?どうかした?」
「い、いや、別に…あ、そういやつまみとか買ってこなかったけど大丈夫か?」
「あーたぶん大丈夫。とりあえずその辺座って。青年って好き嫌いある?」
「とくにねえけど?」

聞かれたことに返事をすると、レイヴンは冷蔵庫を覗いて食料や調味料を取り出した。

「じゃあ適当につまみになるようなモン作るからちょっと待ってて」

これまた意外だった。
やはり料理をするイメージがなかったので、てっきり缶詰とかさきいかとかそういうものが出てくるのだと思っていた。

「料理とかするんだな」
「まあ、たまにね。そんなたいしたもんは作れないけど」

そう言いながらも手際良く調理を進めている。
その姿をぼーっと眺めていると、料理をする後ろ姿を眺めているのもなかなか楽しいものだなと思う。
それがかわいい女の子ではなくおっさんだというのはとりあえず横においといて。

「はいっ、おまたせ」
「おっ、ウマそうじゃん」

テーブルの上に皿やグラスが並べられていく。
向かいにレイヴンが座り酒瓶をさしだした。

「はい、青年」
「お、サンキュ」
「ほら、そっちも」
「ありがと」

酒を受けて自分のグラスが満たされると、酒瓶をとって今度はレイヴンのグラスに注いでやった。

「じゃ、乾杯!」
「かんぱーい!」

軽くグラスをあわせた後、酒に口を付けて驚いた。

「これはうまいな…!」
「ほんと、おっさんも今日初めて飲んだんだけどこりゃすごいわ」

普段特に銘柄などにこだわって酒を飲む方ではないのでよく分からないが、レイヴンが言うには、なかなか手に入らない幻ともいわれる名酒なのだそうだ。
うまい酒の味を楽しみながらレイヴンの作ったつまみも口に運ぶ。
こちらもまたうまかった。

「こっちもうまいよ」
「そお?口にあったんなら良かったわ」

うまい酒にうまいつまみ。
二人だけの飲み会は盛り上がった。
それほど弱くはないはずだが、俺もいつの間にか酔っていたんだと思う。
だから、ご機嫌になってふにゃふにゃしてるおっさんがかわいくてつい言ってしまった。

「なあ、レイヴン」
「んー?なーにー?」
「好きだ」


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